ある日、お兄ちゃんの水泳教室に、三歳になるかならないかの浩司君を、おばあちゃんが一緒に連れていったときのこと、帰ってくるなりお母さんのTさんに話し始めました。
おばあちゃん曰く
「お兄ちゃんが泳いでいる間、プールの待合室で浩司と待ってたの。
そしたらね、小さい子を連れた他のお母さんたちが皆、一斉にお菓子を出すのよ。
しばらくしたら隣に座ってたお母さんが、浩司にお菓子を渡そうとしたから、私、言ったのよ。
『ありがとうございます。でも、この子はアトピーなのでお菓子を食べさせないように、この子の母親から言われているので、結構です』って。
そしたら、浩司にじーつと見られていると、うちの子が食べにくいからって言うの。
待合室には『ここでは、お子さまにジュースを飲ませたり、お菓子を食べさせたりしないでください』って、貼り紙がしてあるのに、守っているのはうちだけ。
こっちが悪いことしている気分になっちゃった。
浩司は一言も『ちょうだい』って言わないで、ただじーっと見てるのよね。
かわいそうになっちゃって、近所の公園に連れていって待ち時間をつぶしてたの」
家では、浩司君のアトピー以前から、子どもたちにはお菓子を与えない方針でした。
二歳年上のお兄ちゃんもその方針で育ててきました。
お兄ちゃんがお菓子漬けになっていたら、浩司君にだけお菓子を食べさせないというのは、とても無理なことだったでしょう。
ですから、プールの待合室にいた子どもたちにとって、お菓子を食べるのが当たり前だったように、浩司君にとってはお菓子を食べないのは、当たり前のことだったのです。
普段お菓子を与えていなければ、わざわざ言いきかせなくても、お母さんがその場にいなくても、子どもは守らなければいけないことは守れるのです。
いつもいつも、お菓子・ジュース漬けの子は、それらを与えてはいけない場所、時間であっても、我慢できないでぐずり出します。
お母さんたちはそれを知っているので、「ここでは、飲んだり食べたりしてはいけない」と言いきかせることすらしようとしないのです。
もしお菓子やジュースを子どもたちに与えなかったら、待合室は、十人近い子どもたちの泣き声に満ちあふれてしまうでしょう。
このように見ていきますと、「言うことをきく子」を育てるためには、普段の生活習慣が大切だということがわかります。
さて、浩司君はどのような子に育ったでしよう。食餌(しょくじ)療法をした甲斐あって、アトピーはよくなりました。
けれど体調が悪いときなど、年に一回くらいじんましんが出ることがあります。
そんなときは「油っこいものは控えよう」などと、浩司君は自分から食生活をコントロールするようになりました。
自分で納得してお母さんの言うことをきいていた浩司君は、「自律力」のある子として育っているのです。