考えてみましょう「親の後ろ姿」

「がんばる」気のない子ども

  

Yさんは、小学校四年生の浩司君が明日から夏休みという日に学校からもらってきた通信簿を見て、絶句してしまい、いつになく頭に血がのぼってしまいました。

「5」が一つもなく、「4」と「3」ばかりが並んでいたからです。

浩司君のテストの点は、ほとんどが90点以上でした。

それなのにこの成績しか取れないということは、同じクラスの授業態度のいい子のほうに、「5」がつけられてしまったのだと、Yさんにはピンとくるものがありました。

浩司君は授業中、手を挙げて発言するということもなければ、提出物をきちんと出すこともないと、担任から聞かされていたからです。

頭にきたYさんは「こんな成績をもらってくるなんて、情けないと思わないの?」と、いつもとはうって変わって激しく叱りつけました。

浩司君もお母さんの剣幕に驚いてしまい、黙って口をへの字に結んでいます。

テストでいい点数が取れるくらいですから、浩司君は勉強ができる頭のいい子なのです。

ところが一生懸命にものごとに取り組むという姿勢がまるでありません。

一年生の頃にはスイミングスクールに通っていましたが、浩司君はプールで練習していませんでした。

二階の観覧席で友だちと遊んで、時間になるとバスに乗って帰宅していたのです。

しょっちゅうこれを目撃していた同級生の母親が、電話でYさんに知らせてきました。

「まったくうちの子ときたら、努力するということがないのよ。努力する子が結局は伸びるのにねえ。親に似ちゃったのかしらねえ」と、Yさんはこぼすのですが、あまり迫力はありません。

どこまでもお気楽なお母さん

おしゃべりとおしゃれの好きなお母さんYさんは、ふくよかでおっとりしていて、いつもニコニコしている愛想のいいお母さんです。

話題が豊富なうえに頭が切れる人ですから、適当にものごとの道理や世の中の常識をはさんで話すので、相手を飽きさせることがありません。

一緒におしゃべりをしていて、とても楽しめる人なのです。

ですからYさんの家を訪れる女友だちはひきもきりません。

というとYさんは、大忙しのお母さんに見えますが、実はYさんに限ってそんなことはないのです。

家事が大嫌いなYさんは、訪ねてきた友だちとコーヒーを飲んでいないときは、こたつでうたた寝しているからです。

テレビを見ながら、アイスクリームやケーキを頬張るのが大好きで、眠くなればゴロンと寝てしまうのが常なのです。

浩司くんが側でテレビゲームをやっているときは、「浩司、麦茶持ってきて」と頼みます。

寝ながら飲んでまた一眠りです。

料理にも手をかけません。

友人に「夕食の献立は何?」と聞かれると、「卵焼きとひじきの煮付け、あとはお豆腐」と答えることが多く、「栄養的にすばらしいメニューだって誉められたのよ」と付け加えます。

気のおけない女友だちと年中ワイワイ楽しそうにやっているYさんの趣味といえば、「おしゃれ」ではないでしょうか。

友人、姉妹たちとしょっちゅうデパートのはしごをして目をこやしていますから、センスの良さは抜群です。

授業参観や保護者会のときなど、Yさんはここぞとばかりにおしゃれして決めてきますから、母親たちの注目を一身に集めることができます。

シックな装いのなかにもセンスが光っていて、Yさんが高級品しか身に付けないことをうかがわせます。夫の給料が少ないと嘆きながらも、気に入ったアクセサリーやバッグがあれば、貯金が底をついても買ってしまうのが、Yさんなのです。

お気楽な親からはお気楽な子が

Yさんは楽天的な性格の持ち主で、毎日を楽しく暮らすことをモットーとしています。

どちらかというと自分の好きなことだけをやり、嫌いな掃除などは徹底的に省きたいのです。

楽しくのんきに暮らせればいいと思っていますから、当然わが子にもそのように接します。

浩司君を「おかえり」と優しく笑顔で迎えると、息子が何をしようとうるさいことを言わずに放っておきますから、母子関係は円満そのものです。

でも、楽な毎日を送っているYさんでも、世の中の学歴偏重を無視できるほどおおらかではありません。わが息子には優秀であってほしいし、一流大学に進んでもらいたいと願ってはいるのです。

母子で和気あいあいとした毎日を送っていても、「5」のない通信簿を見過ごすことのできないYさんは、浩司君の尻を叩いて、夏休みから学習塾に通わせることにしました。

これが面倒臭がり屋のYさんにできる一番手っ取り早い手段だったからです。

おしゃれで社交的なYさんにとって、塾の授業料は痛手です。

でもそんなことを気にしていられません。

「明日は明日の風が吹く」なのです。

自分が苦労せずに、息子の成績が上がればそれでいいのです。

お母さんに塾に行かされたからといって、これまで何かを頑張ってやった経験のない浩司君が、今回は懸命に勉強するとも思えません。

毎日の生活のなかで、親が努力する姿を見せたことがないのに、どうやって子どもは努力を学ぶのでしょう。

Yさんが「浩司は親に似たのかしら」と言うまでもなく、浩司君はしっかりと母親のお気楽ぶりを受け継いでしまっています。

浩司君が、プールで泳がずに友だちとふざけて遊んでいたときのように、塾でも身を入れて勉強しないだろうことは、これまで身につけた生活態度から明らかなのです。

子どもに言うことをきかせたかったら、お気楽お母さんの生活を立て直し、必死で努力する姿を子どもに見せるようにするのが先決ではないか、と思わずにはいられません。

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