子どもを平気でだます大人たち

二人の娘を持つ智子さんは、おばあちゃんとの三世代同居です。

幼稚園へ通う長女は、スイミングとピアノを習っているので、お稽古の日には智子さんが連れていかなくてはなりません。

そのとき、二歳の次女を同居のおばあちゃんに預けるのですが、決まって次女が泣いてぐずるのです。

おばあちゃんは泣かれるのを嫌がり、「私と遊んでいるうちに黙って出ていって」と智子さんにいつも言うのでした。

三歳と一歳の子を持つ和佳子さん、一日中子どもの世話に追われてヘトヘトです。

実家の母から電話があったとき、「まったく、ゴミも捨てに行かれないのよ」と愚痴をこぼしました。

すると、「テレビでも見せといて、黙って行けばいいじゃない」とアドバイスされました。

このような「子どもだまし」は、日常にいくらでもあるでしょう。

私たちは、子どもをだますことにすっかり慣れっこになっていて、それが良いことか、悪いことかなど、気にすることもありません。

でも、子どもの立場からするとどうなのでしょうか?

黙ってお母さんが姿を消してしまうのですから、子どもは不安になるのは確かです。

「子どもだから」と小手先のごまかしを使ってきちんと向き合わないでいると、子どもはやがて、大人を信用しなくなっていくのです。

だまされ続けてきた子どもは、ちゃんと事情を理解して、我慢して待つことを体験してこないので、自分の嫌なことがあったとき、言うことをきかず泣いて騒ぐ「こらえ性のない子」にもなるでしょう。

智子さんは次女に、「今日はお姉ちゃんがスイミングに行く日だから、おばあちゃんと待っててね」と説明をしてから出かけなくてはいけないのです。

和佳子さんの場合にも、「ママはゴミ捨てに行ってくるから、二人で待っててね。すぐに戻るよ」と、たとえ2~3分のことであっても、きちんと説明して、子どもに待たせることを教えていかなくてはならないのです。

 

だますのは手抜き子育て

子どもをだますのは、子どもを叱るときにも多く使われます。

車のクラクションを鳴らして遊ぶ子どもに、「ダメよー! ホラ、おまわりさんが来るよ」と叱るお母さん。

電車のなかで騒ぐ子どもに、「静かにしないと、運転手さんに叱られるよー!」とおどすお母さん。

子どもが親の言うことをきかなくて困ったとき、おまわりさんや運転手さんがサッと来て、子どもを叱ってくれたら、親にとってこんなにラクなことはありません。

でも、こんなおどし文句で、子どもをしつけようとするのは安易な考えでしょう。

現実に、呼びもしないおまわりさんがすぐに飛んで来たり、電車のなかで騒いだら運転手さんが叱りに来たりすることなどないからです。

こんなおどし文句で子どもを叱っても、「またママはあんなこと言ってる。でも大丈夫、あれはウソさ。だって本当におまわりさんなんて来ないもん」と、そのうちすぐに見抜かれてしまう日がやってきます。

また、「○○さんに叱られる」「○○さんが来るよ」という叱り方は、他人に叱られなければ何でもやっていいのだと、子どもに教えることにもなり、他人の目ばかり気にして、親の言うことをきかないようになる危険性もあるのです。

「車のクラクションは、危ないときに使う大事なものだから、ぜったいに子どもが触ってはダメよ」「電車はたくさんの人が乗るものだから、騒いではいけないの。静かにしようね」と、具体的な理由を言って、止めさせなくてはなりません。

けれども、子どもにわかるようにやさしく説明するのは、なかなか骨の折れる仕事です、ラクをして子どもをしつけることはできません。

でも本当の意味で親の言うことをきき、大人の権威を認める「言うことをきく子」に育てたいのなら、お母さんも努力を惜しまず、子どもと向き合わなくてはならないのです。

 

言った内容に責任を持つ

     

食事の際にも、子どもだましはよく使われます。

三歳の紗智子ちゃんはニンジンが大の苦手。

お母さんは型抜きでニンジンをハートにくり抜き、ホワイトシチューに入れました。

ニンジンのオレンジ色が鮮やかでとても美味しそう。

けれど紗智子ちゃんのお皿には、ニンジンだけちゃんと残っています。

なかなかニンジンを食べない紗智子ちゃんに向かって、お母さんは「全部食べたら、デザートにイチゴをあげる」と言いました。

イチゴは紗智子ちゃんの大好物。

紗智子ちゃんはイチゴ欲しさにニンジンを食べようとしますが、やっぱり苦手です。

「早く食べないとあげないわよ」。

お母さんにせかされ、紗智子ちゃんは仕方なく、一つ口に入れました。

「食べたよー」「まだ三つ残っているじゃない」「もうやだーっ、一個食べたからもういいじゃん」「仕方ないわね、じゃあ、あと一つ食べたらいいわよ」「えーっ、あと一つ・・・?」。

しぶしぶ口に入れる紗智子ちゃん。

「食べたよー、食べたから早くイチゴちょうだい!イチゴーっ!」

いつもはまったく食べなかったニンジンを、今日は二つも食べたのだから「まあいいか」、とお母さんはイチゴを冷蔵庫から持ってきて、紗智子ちゃんに与えました。

紗智子ちゃんのお母さんのように「全部食べたら○○をあげる」と、なんとか残さず食べさせようとする人は多いのですが、この「全部食べたら」が、子どもが言うことをきかないと、「じゃあ、あと一つ」とコロコロ変わってしまいがちです。

お母さんの言ったことと、実際の行動が伴わないと、子どもは「どうせぐずれば大丈夫」と平気で駄々をこね、言うことをきかない子になってしまいます。

お母さんは最初に、「全部食べたらイチゴをあげる」と言ったのですから、最後まで自分の言ったことを変えてはいけなかったのです。

途中で言ったことを変えるぐらいなら、初めから言わないほうがいいでしょう。

そのうえ、「○○をしたら××をあげる」という交換条件は、決して好ましいしつけではありません。

ごくたまに何かをするとき、頑張って最後までやりとげた「ごほうび」をあげることまで否定はしませんが、交換条件が当たり前になるしつけは、子どもを功利的なヒトにしてしまう危険性があるかもしれません。

食事の場は、もっとも子どもをだましやすいのですが、食生活で親子の関係が崩れると、他のしつけにも影響し、子どもは親の言うことをきかなくなってしまいます。

お母さんが自分の言ったことを貫くためには、子どもにいくらぐずられても動じない強い意志と、どんなに時間がかかってもじつと待つ辛抱強さが必要です。

子どもばかりに要求せずに、親も責任を持った言動で向き合わなければ、子どもに言うことをきかせることはできないのです。