高校教師の時代 充実した日々

私は高等学校で25年間、音楽の教師を務めました。
 
高校では、授業や吹奏楽部で生徒たちに音楽の楽しさを伝えると同時に、公務分掌(学校内における運営上必要な業務分担)は生徒指導部を長く担当しました。
 
勿論、クラス担任も毎年いたしましたし、私学でしたから県内(福岡県)の中学校に出向いて、広報活動(生徒募集)行いました。
 
 
そのように、毎日がとてつもなく充実(つまり激務)した仕事をこなす中、多くの生徒や保護者との出会いがあり、語り切れないほどの泣き笑いのエピソードが生まれました。
 
 
 

生徒の成育過程のついて思うこと

 

教師は時として、生徒の家庭の中を覗く機会があります。

実のところ、そういう機会とは、それぞれの家庭にとって、殆どの場合に「良い出来事」が起こった時ではありません。
 
例えば、お葬式に列席するとき(教師は普通、生徒の祖父母の葬儀には列席せず、本人、親、兄弟の亡くなった時に限ります)。
 
葬儀は嬉しい葬儀というものはありませんが、長い年月を重ね、人生を全うされた方々、つまりお年寄りの葬儀ではなく、教師が列席するのは、嗚咽と号泣の只中にいらっしゃる家族を見なければならない葬儀に出向かなければなりません。

 

 

そして家庭訪問を行ったとき。

高校で全生徒の自宅に家庭訪問していた時代は何十年も前の大昔で、ほとんどの高校では年に数回の進路指導を中心にしたクラス懇談会と、個別面談(教師・親・生徒の3者の場合が多い)です。

 

しかし、時として家庭訪問をするときがあるんですね。

 
それは、生徒が停学処分に当たるような問題行動を行ったときに、家庭訪問が実施されるわけです。
 
喫煙、飲酒、万引き、恐喝行為、不純異性交遊、家出、バイクの免許無断取得などなど・・・。
 
生徒たちは、まだまだ子どもですから犯罪と考えるには幼稚で、指導を受ければ立派に立ち直ってくれる子がほとんどです。
 
しかしながら、指導を受ける生徒が、その渦中にある時には、生徒の親は非常に苦しんでいます。

 
親にとって、子どもの問題行動で指導を受けていることは、なんとしてでも世間から知られたくないものです。
 
教師はそのような親の姿を目の当たりにする仕事です。
 
 
問題行動を行った生徒たちと、生徒指導室の反省室(個室)で時間をかけてじっくりと話していると、不思議に共通点が浮かびあがてくるのです。
 
それは、生育過程での「親との関わりの稀薄性」です。
 
親から遊んでもらったことが少ない子どもが多いことは、私にとって驚きでした。
 
 
そのような仕事をする中で、私は「いったいこの子は、どんな小中学校の時代を過ごしたのだろう」と考えるようになりました。
 
彼ら高校生の年齢を一つの丘だとすると、そこから下を覗き込むような気持で、思いをめぐらした覚えが何度もあります。
 
 

転機の訪れ

そういう中で、10年前私に転機がおとずれました。
 
保育園の園長と法人の理事長を兼務する仕事に就いたのです。
 
 
今度は、0歳から6歳までの子どもが相手です。
 
保護者も20代30代が殆どで、親デビューをしたばかりの、ピッカピカのお母さん、お父さんです。

 
実は、彼らは、私の高校教師として卒業させた、最後の方の教え子と同世代ですから、どうしても私は、先生のような「親心」で接してしまいますので、お父さんやお母さんたちの中には、私に甘えん坊のような眼差しで、親しく接してくれる方も多いです。
これは、保育士たちにも言えることですが・・・。
そして、彼らにいろんな話をする時に、高校教師の時代に考えていた「子どもの成育過程についての洞察」について話しをする機会が多くあります。
 
 
考えてみると、厚労省の言う子どもとは、新生児から高校3年生の18歳年齢を言いますので、私は最初に子ども世代の最後の3年間の生徒と親に関わり、次いで現在、子ども世代の最初の乳幼児と関わっているわけです。
 
 
ですから、子どもの成長をとらえた時に、上から下の年齢を見下ろしていく頭と、下から上への年齢を見上げる頭を同時に持って考えることができるようです。
 
つまり、普通の園長先生よりも、僅かながら立体的に子どもの育ちを考えることができるのかな?と思います。
 
 

このブログでは

 
世の中では子どもに関する事件、教育者の資質についての問題等が、毎日のように報道されています。
 
怒りで震えが出るような、子どもの虐待事件。
 
子ども同士のいじめの問題。
 
教師に対する暴行事件。
 
教師の軟弱さと無責任さを報じる報道。
 
教育行政の方向性についての問題。
 
 
このコーナーでは、そのような身近で繰り広げられる、子どもの世界を取り巻く様々なニュースなどを取り上げて、私なりの思いを述べていこうと思います。