無頓着な母親とテレビっ子

刷り込まれる暴力と人間軽視~親子で目と耳を奪われて

「ケン君、食事よ。ビデオ、消したら?」

「イヤー!」

そう言うと、二歳の剛一君はビデオのリモコンをつかんで放そうとしません。

お母さんのSさんは、それ以上何も言わずに黙ってしまいました。

無理矢理ビデオを消させたら、剛一君の泣き叫びで大変なことになるのがわかっていたからです。

S家の食卓は、いつも神経に突き刺さる騒音に囲まれています。

食事中なのですが、何を味わっているのかわからないせわしなさ。

もともとテレビっ子だったSさんさえ、初めのうちは最近のアニメの戦闘シーンはうるさいな、自分が子どもの頃より激しいと感じたのですが、それにも近頃は慣れてしまいました。

 

一歳でチャンネル権を持つ日本の子どもたち

Sさんが出産退職をした当時、周りには友だちが一人もいませんでした。

会話といったら、夜遅くくたびれて帰ってくる夫と少し話すだけ。

生まれたばかりの赤ちゃんは寝ているか、泣いているか、オッパイを飲んでいるか、オシッコかウンチをしているか、時々バブバブ言っているか。

スーパーへ買い物に行っても、昔と違って買い手と売り手の会話がありません。

そんな生活のなかでテレビをつけると、人の声が聞こえてきますし、おまけに話し手の顔が見えてくるので、Sさんの寂しさも紛れるのでした。

ぐずり泣きしている剛一君も、テレビがつくと泣き止むので、Sさんは泣き声から解放されてほっとします。それで、用をしているときは、剛一君にテレビを見せておくことにしました。

どうせ見せるなら幼児番組がよいだろうと、『おかあさんといっしょ』をビデオにとって一日に数回見せることにしました。

こうして剛一君は、一歳になるかならないうちから、ビデオの前でキーキー言って、Sさんにつけるように要求する子になったのです。

そのうちふと見せた○○マンの漫画を剛一君は気に入ってしまい、そのシリーズをSさんはそろえました。

Sさんが好きなテレビ番組を見ているときでも、剛一君は○○マンが見たくなると、つけるまで騒いでいるのでした。

こうして今や、○○マンは、S家の食卓のメインディッシュとなってしまっているのです。

親の言うことがきこえてこない

S家の食卓風景のなかに、日本の家庭で日常的なテレビが要因で、子どもが「言うことをきかなくなる」さまざまな要因が見えてきます。

まず「ビデオ、消したら」というお母さんより、ビデオの面白さのほうが絶対です。

最初から、剛一君は親の言うことをきいていませんし、お母さんも言いきかせようという努力を怠っています。

チャンネル権において、すでに幼児が大人の優位に立っているのです。

次にビデオがつけっ放しの食卓では、ほとんど会話らしい会話がありません。

親の「言うことをきく」以前に、親の「言つことがきこえてこない」のです。

節度のない見せ方によって、テレビ・ビデオの存在そのものが親の「言うことをきけなくしている」のです。

実際、長時間天でテレビ漬けになっている子のなかには、テレビ等の音には反応するのに、人の声に反応しない子がいます。

人間としてのコミュニケーションの基本が、確立できていないのです。

人間にとって本当に大切なのは、現実の世界です。

Sさんは、剛一君を自分の名を呼ばれても聞こえてこない世界に、幼児のうちからどっぷり浸からせてしまったのです。

食事中はもちろん、常にテレビ・ビデオをつけっ放しにしないで、見る時間をきちんと決めること、一日一時間までが妥当でしょう。

というのは、一日のテレビ視聴時間が一時間以内、一時間から二時間、二時間以上と分けた場合、子どもたちの学力と視聴時間が反比例していたという統計結果もあるからです。

たとえ一日一時間と親が決めたとしても、子どもが「言うことをきかず」、勝手につけてしまう家庭がほとんどでしょう。

そうならないためには、赤ちゃんのときから、子どもの手が届かないところにリモートコントローラーを置いて、触らせなければよいのです。

テレビ・ビデオをつけるのは、子どもではなく親であるということを認識させるのです。

 

大人の権威を台無しにするテレビ

子どもに見せたくない番組の二位(日本PTA全国協議会調査)になった『クレヨンしんちゃん』は、傍若無人な振る舞いをする生意気な幼稚園児と、彼らにすっかりなめられている両親をはじめとする大人たちの話です。

この番組を見せたくないと思いつつ見せているという親たちの現状は、まさにクレヨンしんちゃんとその親の関係そのものです。

幼稚園の子どもと大人が対等な立場でケンカをし、騒ぎを起こす様子を子どもたちに見せつける『クレヨンしんちゃん』。

それがこの数年間、人気番組として、茶の間の笑いを誘っているのです。

親が見せたいと思う番組ほど、多くの子どもは見向きもしません。

残酷な、あるいはエッチな場面、言葉遣いが乱暴でいじめや偏見を助長するシーン、常識やモラルを極端に逸脱している内容など、子どもに見せたくないと親が思う番組ほど、視聴率が高いという皮肉な現状があります。

それは、ものの善し悪しの判断がつかないうちから、子どもにテレビを見せ放題にさせてきたツケなのです。

子どもたちは常時、より強い刺激を求めて、リモコンを切り替えるようになっています。

まさに「ラクは苦のタネ」。

見せていればラクと、幼いときから子どもに見せているテレビ・ビデオの内容とその見せ方のなかに、大人を軽蔑し、尊ぶべき人間関係をぶちこわすタネが潜んでいるのです。

そのことに気づかない多くの親たちは、節度なく子どもにテレビ・ビデオを見せることによって、「言うことをきかない子」を育てているのです。

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